日創研の研修で、いろいろなことを教わりますが、
学びは積み重なって、父のことをまた最近は考えさせられます。
TT研修などで、父のことは、結構、考えたつもりでしたが、
私の父親理解は、本当に浅いもので、深まりませんでした。
私がインデップの前身、双和商店に入社したとき、
26歳でした。そのとき、父は今の私の年齢53歳でした。
そのとき、一体、どんな心境で、当時の1993年を生きていたのか?
父は、事業を始めたとき、
つまり独立したとき、
駅前の3坪の場所を借りて、売れるものは何でも売りました。
当時、本当に何もないなかでの創業だったので、
綱渡りで日々過ごしたと思います。
それが、少しづつ、婦人服に特化していき、
オリジナルの商品を作るようにまでなります。
自社商品を作ってもらうために、
無数の国内の工場に頭を下げて回っています。
愛知県の工場、新潟県の工場、四国の工場・・。
少しづつ、自社商品を作ってくれる工場を開拓していったのです。
特に、新潟はセーターの老舗産地で、何度も門前払いだったそうです。
私は、27歳で初めて中国に行かせてもらい、
以降、中国のあらゆる地域の工場へ行きました。(多くは旭東さんや
学明さんと)
そして、台湾、ベトナム、マレーシア、インドネシア、韓国、ミャンマー、カンボジア、スリランカなどの縫製工場を周り、インドやバングラの工場のパートナーに出会いました。
いろいろ行かせてもらったと思いますが、15歳で住み込みで働きに出て、22歳で創業し、工場を開拓した父は、私の何倍も苦労し、努力したはずです。
父の行動力は、本当に血の滲むようなもので、会社を潰してはならないという努力だったと思います。
資金も人脈もない中で、行動した父はすごい人だったと思います。
思えば、私は最近、行動出来てないと反省します。
父に負けないように、どんどん行動していきます。